クワドループをひっさげて
去年の今頃(2016年4月)だろうか。羽生ファンはかなりみな、落ち込んでいた。
選手の故障は、ファンにとって、なによりもつらいことだ。これまでにも背骨の変形や足首の剥離骨折や捻挫など、怪我は絶えなかった。
だが今回は、リスフランだ。クワドトウループが引き金となり脚の靱帯が伸びてしまい、2016年のワールド・世界選手権では、じつは脚の甲がぱんぱんに腫れ上がり、スケート靴もなかなか入らなかった。
そのことを、ワールド・世界選手権2016が終わったあと知ることとなったのだ。
それでも銀メダリストである。本来なら欠場も余儀なくされる怪我であった。
さすが羽生結弦というべきだろう。
羽生結弦選手はシニアワールド・世界選手権は最低でも4位以下になったことがない。
2011年から出場で銅メダル、4位、金メダル、銀メダルが二年続き、そして今年2017年、金メダリストに返り咲いた。
脚の調子も良さそうである。リスフランは完治しない怪我なので、悪化していないだけでも本当にありがたかった。
今季はワールド・世界選手権2017金メダリスト王座奪還で終わってみればめでたしめでたしであるが、前述したように一年前、ファンは暗雲のなかにいた。
怪我のニュース、もちろんアイスショーの全休。
ドリームオンアイスではいつも新プログラムのお披露目があるので必ず観に行っていたが、羽生結弦選手の姿は、ない。ただ、24時間TVチャリティーには出演され、元気な姿を観ることができた。
九月初めには公開練習がマスコミにお披露目され、そこであの新ジャンプ、クワドループを目にすることになったのだ。
美しいクワドループだった。
こういってはなんだが、試合で成功した加点も付いたクワドループより、さらに素晴らしいループだった。
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ぎゅるるっ、という風きり音がTVの画面越しにも聞こえてきそうな、迫力あるジャンプだ。
高さ、飛距離、流れ、ともに完璧だった。こんなクオリティを、試合が始まる前の
九月の段階で披露できることに驚いたが、羽生結弦選手がクワドループに取り組み始めたのはまだカナダに渡る前、
高校生になったばかりの頃だった。
じつは何年越しかの念願のジャンプ完成だった。
ループは右脚で跳んで右脚で着地をするので、怪我をした左足に負担をかけない。
リハビリのためにもクワドループを練習するという流れでコーチであるブライアン・オーサーコーチも了承をしたが、ブライアン・オーサーコーチの心中はいかばかりか。
そうこうするうちに新クワドに腐心する羽生結弦選手と対立し話し合いの末事なきを得たが、ブライアン・オーサーコーチにしてみれば、クワド二種で充分戦えると踏んでいたからだ。
ブライアン・オーサーコーチが悪いとは思わない。
クワド合戦がここまで熾烈なものになるなんて、いったい誰が予見できただろうか。
いや、羽生結弦選手は予見していた。
シニアに上がる前からボーヤン・ジン・金博洋、ネイサン・チェンの名前を挙げていたのには舌を巻いた。
彼にはフィギュアの未来が見えていたのだ。
今季繰り広げられたクワド合戦も。宇野昌磨選手についても「上がってくるとわかってましたから」そう飄々と答える。
かつてプルシェンコはまだ15歳の羽生結弦選手に向かって「未来の金メダリスト」と評した。
天才は天才が、きっとわかるのだ。
ジュニアワールド・ジュニア世界選手権2017で優勝したヴィンセント・ゾウはすでにクワドルッツが跳べる選手だが、彼の名も挙げている。
スケーターにはほかの選手の試合を見ない選手もいるが羽生結弦選手はジュニアの試合まできっちりチェックし、才能まで見抜いている。
ネイサン・チェンの名を挙げたとき、まだネイサン・チェンはクワドルッツもフリップも飛べていなかったのだ。
先を見越し、コーチに反対されてもクワドループをものにし、ワールド・世界選手権2017ではフリーは宣言どおり「神り」ワールド・世界選手権2017レコードを更新した。
こんなシーズンのラストを、ファンといえど予感はできなかった。
脚よ、ワールド・世界選手権2017までなんとかもってくれ、そう祈り過ごしたシーズンとなったからだ。
全休すら考えていたシーズンである、できすぎといえるだろう。
国別対抗戦2017ではフリーの後半でクワドを三本も決めることができた。
もちろん世界初である。
クワドトウからの三連は以前から練習をしていたのは知っていたが、まさか本当に試合に入れてくるとは予想できなかった。
出来栄え点で若干のマイナスが付いたが、最後の最後でご褒美をもらえた気分になれた。
国別対抗戦2017はお祭りでもあるので、さらにお祭り感がアップした出来事だ。
「難しいこともやれたし、本当に楽しかった」
できないことを崩して這い登っていくのが本当に楽しいんだろうな、羽生結弦選手らしい言葉に胸がいっぱいになった。
「こんなに悔しかったらクワド跳んじゃえよ」
国別対抗戦2017のショートでミスをし眠れぬ夜を過ごした羽生結弦選手はそう己に発破をかけ、途中で6度のクワドをフリーで跳ぼうとした。
6度目は無理だと判断しラストはアクセルに切り替えた。
クワド6本かあ、ともうなにがなんだか、数も勘定できなくなってくるとてつもない数字なのだが・・・
ネイサン・チェンは転倒しながらも跳んでるしやっぱり跳びたいんだろうな、という意味では納得できる
羽生結弦選手のエピソードである。
来季は構成を上げずということだが「こんなに悔しかったらクワド跳んじゃえよ」
という彼の心情を思い返すとすんなりとは頷けない。
ただ、五輪シーズンをこの時期から手の内明かす選手はいないので、とりあえず建前であると捉えてはいる。
団体戦の戦い終わったメダリストオンアイスの練習中に、羽生結弦選手はクワドルッツを跳んで見せた。
なめらかな着氷とはいえないが完全に回転し着氷できた。
去年のクワドループが、確かこんな感じだったはずである。
否が応でも期待が高まるが、なにしろ五輪シーズンである。五輪本番までもあと一年ない。
願わくば、平昌後一年二年と続けてもらって、そこでクワドルッツ、そしてアクセルに是非挑んで欲しいと勝手なことばかり考えてしまうが、まだ今季終わったばかりである。
本当に羽生結弦選手、お疲れ様でした。ありがとうございました。
素晴らしい新たなシーズンの幕開けを、健康な身体でどうぞ迎えられますように。
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